「ああ、湯が滲みて苦しいこと。‥‥親方、後生だから妾を打捨つて、二|階へ行つて待つて居てお吳れ。私はこんな悲慘な態を男に見られるのが口惜しいから。」 娘は湯上りの體を拭ひもあへず、いたはる淸吉の手をつきのけて、激しい苦痛に流しの板の間へ身を投げたまま、魘される如くに呻いた。狂じみた髮が惱ましげに其の頰へ亂れた。女の背後には鏡臺立てかけてあつた。眞白な足の裏が二つ、その面へ映つて居た。 昨日とは打つて變つた女の態度に、淸吉は一方ならず驚いたが、云はるるままに獨二|階に待つて居ると、凡そ半時ばかり經つて、女は洗髮を兩肩へすべらせ、身じまひを整へて上つて來た。さうして苦痛のかげもとまらぬ晴れやかな眉を張つて、欄杆に凭れながらおぼろにかすむ大空を仰いだ。 「この繪は刺靑と一|緖にお前にやるから、其れを持つてもう歸るがいい。」 かう云つて淸吉は卷物を女の前にさし置いた。 「親方、私はもう今迄のやうな臆病な心を、さらりと捨ててしまひました。――お前さんは眞先に私の肥料になつたんだねえ。」 と、女は劍のやうな瞳を輝かした。其の瞳には「肥料」の畫面が映つて居た。その耳には凱歌の聲がひびいて居た。 「歸る前にもう一|遍、その刺靑を見せてくれ。」 淸吉はかう云つた。 女は默つて頷いて肌を脫いだ。折から朝日が刺靑の面にさして、女の背は燦爛とした。 |
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